夢はポケモンマスターでも海賊王でもなくセミリタイアです

セミリタイアの考え方

毎年、夏になるとポケモンの映画が公開されていますね。2019年の映画は、1998年公開の映画のリメイク版です。

私もかつて、ゲームボーイで初代ポケモンをプレイしており、いわゆる「世代」です。アニメや映画も見ていましたね。

テレビCMであの曲(目指せ!ポケモンマスター)のメロディーが流れると、なんだかわくわくするような不思議な感じがします。条件反射的にからだに刷り込まれているのかも。

かつてポケモンに夢中になっていた少年が、20年後に見出した「夢」は「ポケモンマスター」ではなく「セミリタイア」でした。

スポンサードサーチ

「夢」がセミリタイアって変ですか?

少年漫画などでは、主人公が「夢」に向かって頑張るというものが多いです。

ポケモンの原作はゲームですが、アニメ化されると主人公サトシ少年は、ポケモンマスターを夢見ての冒険が描かれます。(今でも追い続けているらしく、永遠の10歳らしい)

また、「現代の聖書」とも言われる大人気漫画「ワンピース」でも、主人公ルフィが「海賊王」を目指しての冒険が描かれます。(こちらも20年以上冒険を続けているようです。)

そもそも、「ポケモンマスター」や「海賊王」の定義がはっきりしているわけではありませんが、「夢」を目指してがんばるというのはいつの時代も肯定的に捉えられているといってもよいでしょう。

ところが、この「夢」というのがクセモノです。

そこには、無意識のうちに「自己成長」や「明るいこと」、「高み」といったプラスの意味が読み込まれています。

そこで、例えば「夢は世界一の万引き人になること」「夢は世界一の麻薬運び人になること」といったことは想定されていない。理論的にはありえなくもないのですが、そういったものは暗黙のうちに除外されている。

そこまで極端でなくとも、「夢はセミリタイア」というのも「夢」というカテゴリーで語られることは世間一般にはないでしょう。言ったところで変な顔をされるのが関の山です。

しかし、私はそんな「セミリタイアすること」を人生の夢として生きています。

人生の目標ができると頑張れる

夢というか目標と言い換えてもよいかもしれません。

いつか、大嫌いな会社を辞めて自分の時間を自分のためだけに使えるようになること。会社からの経済的独立を果たすこと。本当の意味での「自由」を手に入れること。

それが現在の私の夢です。一応、現在の計画では40歳ころを目標にしていますが、最近ではもう少し早めて35歳くらいでできないかとシミュレーションしています。

一旦、目標ができてしまえば日ごろの行動がすべて一本の線に収斂していくように明確になります。

投資の目標・計画も立てられますし、日々の支出の抑制(節約)の意識もできます。

ブログも始めました(全然収益はあがっていませんが・・・)

なんとなく生きているだけでは、達成することはできないでしょう。その意味で、人生の目標を見つけることができたのはよかったと思っています。

そして、会社に行くのもあと10年あまりと考えれば、なんとか耐えられそうな気もしてきます(とはいえ、行きたくないけど)

イヤなことがあっても、もう少しの辛抱だと思えば精神的にも耐性ができます。これが、あと40年近く続くと考えると絶望しかありませんから。

スポンサードサーチ

「夢」に向かって

ということで、私の夢は「ポケモンマスター」でもなく「海賊王」でもなく「セミリタイアすること」です。

地味に見えるかもしれませんが、これが現実です。

別にみんなに認めてもらいたいということでもありませんが、自分の生き方を邪魔しないでほしいです。

最後に古代ローマのユリウス・カエサルの言葉から。

何にもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあってほしいと思っている。