同期の結婚式に行きたくないが「人間観察」のために出席してみた②

人生哲学

前回の記事の続きです。

同期の結婚式に行きたくないが「人間観察」のために出席してみた①
人生を半分降りるという目標からすれば、このような冠婚葬祭のイベントは、断固として拒否をしなければなりません。なぜなら、行きたくないから、どうでもよいことに時間を取られたくないからです。

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結婚式の当日・・・・

さて、結婚式の当日となりました。重い足取りで、会場となるホテルへ到着しました。受付で、出したくもない御祝儀を供出し、本日はおめでとうございますと、心にもない祝詞を述べました(あー嫌だ)

まずは、教会で式が執り行われます。イエス様だの、何だのと牧師が片言の日本語でありがたいお言葉を述べたり(片言なのも演出だったり?)、みなで聖歌(?)を歌ったりと、粛々と式は進んでまいります。

キリスト教徒でもないのに、なんでイエス様だのマリア様だの出てくるんでしょうかなどと爆弾を投じたい思いをぐっと抑えておりました。

周りには、同じく呼ばれた同期の面々もおりましたが、スマホで写真を取りまくっておりました。他人の式の写真をそんなに撮ってどうするんでしょう。私は、一切写真なぞは取りませんでしたが。

続いて、会場を変えて披露宴の開始です。これこそ、私が最も嫌な時間です。私は、他の同期と同じテーブルがあてがわれておりました。

まずは、新郎の上司があいさつです。「○○君、○○さん、そしてご家族の皆さん、本日は誠におめでとうございます。」という、定型から始まり、「○○君はとても優秀で・・・」と、新郎を褒めまくっておりました。

まあ、「こいつはどうしても仕事ができない男で・・・」と言うわけにはいかないのでしょうが、そこまで盛らなくてもと思います。むしろ、逆にウソ臭く感じるのは私だけでしょうか。

もう、この世には明るいことしがないというような、暴力的なまでの雰囲気です。しかし、上司になると部下の結婚式にまで出て、あいさつとしないといけないとは!!やはり、出世はしたくないものです。私など、他人がどうなろうとどうでもよいのですから。

式のクライマックス(笑)

さらに、演目は続き、今回の式のハイライトは、新郎の学生時代のサッカーかバレーボールかのクラブのメンバーからのお祝いのメッセージでした。ビデオに当時のメンバーが次々登場し、お祝いを述べていくのですが、やはりといったところでしょうか、内輪だけで悪乗りして滑っているようなしょうもない演出も含まれておりました。さらに、式にはメンバーの代表が出席しており、その場で新郎への手紙を読み始めたのです。あぁ、嫌な予感がします。

内容は、自分はもうクラブをやめようかどうかという時があり、その時に新郎に助けてもらったと。新郎がいなければ今の自分はいないというような、三流ドラマのような内容でございました。

そして、手紙を読みながら、涙ぐみ、ときどき声が詰まっておりました。私などは、ふーんという感じで、食事を食べ続けておりましたが(元は取らねばなりません(笑)、周りを見ると、なんとハンカチで目元を抑えている若い女性もいるではありませんか!!

そして、手紙を読んだ彼から、手紙と、メッセージが寄せ書きされたボールが新郎に手渡されます。新郎も涙ぐんでいる様子。会場は、もう堪らないという雰囲気!!なんという同調圧力でしょう。この寸劇に感動できないやつは、ろくでなしなのです。私も、すばらしいという顔をして(できていたかな?)拍手しておりました。あー、疲れる、疲れる。

最後に、新婦の涙のお手紙(定番ですね)で締めて、式は終わりました。最後に、新郎・新婦が、参列者のお見送りをしておりましたが、「本日は、すばらしい式に呼んでいただいてありがとう」と声をかけて会場を後にいたしました(礼儀はわきまえておりますので)。

そして?そして、やはり今回も「行かなければよかった」と、思うのです。一日無駄にして、疲れただけですから・・・早くセミリタイアして、こうした人間関係のしがらみから解放されたいですね。

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会社に行きたくない~セミリタイア15ヵ年計画~