【セネカ:人生の短さについて】人生の時間は有限、有効に活用するには?

人生哲学

我々は短い時間を持っているのではなく、実はその多くを浪費しているのである ―セネカ(人生の短さについて)

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セミリタイアしたい理由

冒頭で紹介したのは、古代ローマの哲学者・政治家のセネカの言葉です。以前に紹介した言葉とともに、「人生の短さについて」からの引用です。

会社に行きたくない~セミリタイア15ヵ年計画
"生きることをやめる土壇場になって、生きることを始めるのでは、時すでに遅しではないか" ― セネカ

私がセミリタイアをしたい理由は、何より自分の時間を大切にしたいと思っているからです。会社勤めをしている現在、通勤時間や残業を含めれば、1日の大半を仕事のために使っていることになり、そのほかは食事や睡眠しか残りません。

そのほか、会社勤めをしていると、なんと余計な時間を奪われていくことでしょう。セネカは、そうした「する必要のないこと」をせず、自分の時間を確保するように言っているのです。

私から時間を奪っていくもの

生きていると、なんと多くのものが私の時間を奪っていくことでしょう。先に述べたように仕事(当面の間は仕方がありませんが)もありますが、そのほかにも職場の飲み会・懇親会、職場のレクリエーション(運動会、慰安旅行)、取引先の接待、会社の同僚の家族の葬式、知人の結婚式、自治会、親戚の法事、PTA(私は独身で子供もいませんので、今のところ関わりはありませんが、お子さんのいる方は時間を取られているのではないでしょうか)・・・などなど。ほんとうにほとんどのものは、どうでもよいと思ってしまうのです。

ではなぜ、みんな真面目にこれらに取り組んでいるのでしょう。それは、社会から爪弾きにされたくない、ただそれだけなのです。中には、こういう活動に嬉々として参加する御仁もいるでしょうが、大多数は面倒だと思いながら、表向きは楽しそうな(葬式の時は悲しそうな、その時にふさわしい態度を取らなければなりません)ふりをしながら、参加しているのです。まあ、一種のゲームのようなものでしょうか。私も、参加してきましたが、その都度、ああ来なければよかったと思うのです。こういったことで、貴重な時間が奪われているのです。こういうことは、セネカの「人生の短さについて」で詳しく述べられています。

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人生を<半分>降りるを目指して

人生を半分降りるとは、こういったことになるべく関わらないようにすること。そして、自分のための時間を確保することです。人生の時間は有限なのです。ただし、その代償として、社会から転落してしまうことを覚悟しなければなりません。

そう、人生を半分降りるとは、社会から転落することなのです。でも、どうせ死んでしまうならば、自分の好きなようにするべきです。死ぬ間際になって、好きに生きるといっても、もう時すでに遅しでしょうから。中島義道氏の著書「人生を<半分>降りる」では、会社を辞める必要はなく、普段の生活の中で、できるだけ自分の居心地のよいように過ごし、できるだけムダなことをせず「半隠遁」しようという主旨ですが、私は、もう一歩進めて、会社も辞めて「真隠遁?」をしたいと思っています。

私は、人生を半分降りる取組として、セミリタイアを目標に、貯金や資産運用をして、準備していきたいと思っています。貯金があれば、仕事をする上でもちょっとは気楽になれるでしょうし、セミリタイアしたいなら資産運用してなるだけ資産を増やしていくことも必要です。でも当分先、少なくとも15年くらいは先でしょうか。そう、これは遠大なプロジェクトなのです・・・

【今日紹介した本】

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会社に行きたくない~セミリタイア15ヵ年計画~