新型コロナ自粛で分かるセミリタイアへ適性度

セミリタイアの考え方

連日、新型コロナウイルスの報道ばかりでうんざりします。そんな中、緊急事態宣言が全国に出て、「とにかく家にいろ」「外出は自粛しろ」ということになっています。

そんな中、今回の新型コロナ自粛への抵抗感があるかどうかで、セミリタイアへの適性度が分かるのではないかと思うのです。

緊急事態宣言が出る前から散々言われていたことですが、「家にいる」ということができない人がかなりいたのです。だからこそ、感染が広がって緊急事態宣言が出されるまでになった。

ニュースで見聞きしただけでも、ライブハウスに行ってみたり、お花見に行ってみたり、格闘技大会に行ってみたり、大人数で宴会をやってみたり、パチンコに行ってみたり・・・となんと「バカ」の多いことか!

1人のバカは、1人のバカである。2人のバカは、2人のバカである。1万人のバカは”歴史的な力”である。 -レオ・ロンガネージ

まさにこうした「バカ」のおかげで、世界は変わってしまいました。

一定程度の「バカ」がいることは、古今東西の常ではありますが、なぜ「家でじっとしている」だけのことができないのか分かりません。

そして、次のように述べるパスカルの言葉はどこまでも正しい。

すべての人間の不幸は、部屋に一人で静かに座っていられないことに由来している。

どうやら、世の中のほとんどの人は「家でじっとしていられない」人種のようです。このことで、改めて「セミリタイア」というライフスタイルが広まる心配はなさそうだなァと思いました。

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新型コロナ前から「自粛」している

私は今回の自粛騒動でも、ほとんど影響を受けていません。

私は、新型コロナの前から、休日は日用品の買い物や書店での買い物、それに散歩くらいしか外出していませんでした。

緊急事態宣言でも、日用品の買い物や散歩はOKとのことなので、まったくライフスタイルを変えなくてもよいのです。強いて言うならば、書店に行くのを控えているくらい。

まずもって、私は人間がたくさん集まるような場所には行きたくないので(私は人間がキライなのです!)、わざわざしょうもないイベントなどに行くことはありません。疲れるし。むろん、飲み会も大キライ。

それに、なにより休みの日は1人でいる方が好きで誰にも会いたくない。滅多にありませんが、休みの日に誰かと会う約束や用事があると憂鬱で仕方がないほどなのです。

真っ白なスケジュール帳こそ最高だと思う
世の中には、何か予定がないと落ち着かないという人がいますね。私はまったくの逆。何か予定があると、そわそわして落ち着かない。何も予定がないほうが、とても気が楽なのです。

休日は、家でゆっくりして、テレビを見たり本を読んだり、散歩をして思索にふけるのが好きだし、リラックスできるのです。

散歩はいいですよ。お金がかからないし、健康にもよい。

【最強】趣味としての「散歩」がおすすめな理由
人生に彩りを添えてくれるのが「趣味」ですが、セミリタイアを目指す上でどんな趣味がよいのでしょうか。そこで、おススメしたいのがいろんな意味で「最強」の趣味である「散歩」です。

こういうライフスタイルのおかげで、ムダなお金を使うことがありませんのでセミリタイアを目指す生活としては最適なのです。もちろん、セミリタイア後も同じような生活になるでしょう。

つまり、今回の新型コロナ前から「自粛」しているようなものなのです。

世間一般のライフスタイルは・・・

ところが、世の中の多くの人は違うようです。

休みなれば街へ繰り出し、人でごった返すイベントへ行き、外食をして、居酒屋で酒を飲まずにはいられないようです。

テレビでは、「家でじっとしていられない」とか「家にいるとストレスがたまる」と言った声があふれ、SNSでは芸能人が「家にいましょう」と呼びかけるほど。

ちなみに、私はSNSで芸能人が呼びかけたり、連帯しましょうとか、歌をみんなで歌いましょうといったような「運動」については冷ややかな目で見ています。善意でやっているという姿勢の裏に、好感度が上がるという現実的な計算のニオイがするし、「良いことをしている自分」という傲慢なニオイもするからです。

それはさておき、世の中全員の人が「我慢を強いられている」という構図にしたいようです。

この国では、マジョリティの感性のみが「マトモ」とされて、それ以外の感性はないものとされるのです。

私のように「家にいるほうが快適で心地いいので問題ないです」という意見は全然聞かれませんね。やはり、「外出して遊びに行く」というのが「マトモ」な人間とされているようです。

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セミリタイアが世に広まることはない

セミリタイア、あるいはリタイア生活においても、積極的に外に出るライフスタイルもあり得ると思いますが、早期リタイアしたいという人とは違うイメージのように思います。

私の勝手なイメージかもしれませんが、やはり、基本的に静かに質素に生活して、自分の楽しみに自由な時間を使うのが好きという人のイメージです。お金の問題もありますしね。毎週、毎週遊びに行って、酒を飲んでいるとセミリタイアはムリです。

いうなれば「幸福はただ私の部屋の中だけに」と思えるような人のイメージ。

ちなみに、森 茉莉は森鷗外の娘。

こう考えれば、セミリタイア、早期リタイアというライフスタイルが世の中に受け入れられることはありえないことが分かります。

みんなそんな生活などクスリにもしたくないことが、今回のコロナ自粛で改めて明らかになったのですから。

新型コロナ自粛が痛くもかゆくもない私は、やはり「セミリタイア適性」がバツグンにあるようです。

セミリタイアが広まって社会が成り立たなくなる心配はやはりないようですね。

みんながセミリタイアすると社会が成り立たなくなる・・・心配はない
みんながセミリタイアしてしまうと、社会の生産性は限りなく低下し(実は今でも相当低いのですが)、効率性も極小まで低下し、確かに困ったことにはなりそうです。しかし、ご安心を。これこそ、杞憂というもの。なぜなら、国民の99%以上は、セミリタイアという願望すら持っていないからです。

ほかにも、セミリタイアと人間嫌いの親和性は高いと思います。

人間嫌いとセミリタイアには親和性があると思う。
セミリタイアしたいと思っている人が、必ずしも人間嫌いとは限りませんが、その逆、人間嫌いの人はセミリタイアという概念について、案外すっと自分の中に入ってくるのではないか、そう思うのです。今回は、人間嫌いについて考えてみたいと思います。
セミリタイアの考え方
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会社に行きたくない~セミリタイア15ヵ年計画~